2010-03-07

無題

ある晩、呑みながら考えたある表現:

「誰にも埋めることが出来ない絶対的な欠落感を抱えながら、人は生きている」

うろ覚えで はありますが、大好きな村上春樹の作品を評する文章にあった表現だったと思いますが、実際自分自身も読んでいて、『ノルウェイの森』から続く彼の作品には そういったことが様々な主人公とその周りの人間との間に投影されている。それが彼の作品の魅力だとと思っています。

ティーンエイジャーの 頃から感じていたこのことが、この歳になるまでに経験した出会いで証明されてきたような気がします。入学や就職など、付き合う人間の幅が拡がる人生の節目 には、記憶に残る出会いと言うものは皆さんにもあったかと思います。それが友達であっても、恋人であっても、同僚であっても。出会いをきっかけに、長く続 く関係性もあれば、短かったりするものもあるし、時間的・物理的な距離が作用して、良し悪しは別にして、そのコンテクストが変化する関係性もあるかと思い ます。

様々な出会いとそこから派生する関係性があると思いますが、その関係性が自分の気持ちにぴったりくる感覚が磨り減ってしまうような 場合や、断絶されるような場合が多いのだとは思います。そういうときに無力感とは言わないまでも、ちょっと淋しい感覚をおぼえます。経験としてそのような ことが多いわけなので、長続きする関係性が継続する確率としては低くなってしまうのではないか、と気を揉むこともあります。

ここに垣間見えているのは、不確定要素への純然たる不安感なわけで、それは時に意図しない展開や結果をもたらすこともたまにあったりする。つまり長く続いている関係性 や、構築され始めた関係性について、「はたして、この関係を保ち続けることは出来るのだろうか」、と。必要以上に意識すると、なぜか意図する方向と違った 結果を生むことも。それは細い平均台の上を歩くのに近いかな、と思っています。感覚を養っていなかったり、「落ちないかな」と消極的な雑念を抱いたりする と、落ちてしまう。「落ちる」などと微塵も、予想していないのに、落ちてしまう。

「無心」という言葉がありますが、やはり禅僧でもない僕にはやや難しい。しかしながら歩き続けないといけない、つまり生きてゆかなければいけない。

それが、「埋めることの出来ない、欠落感」なのかな、などと考えてみた。

ある先輩が、「酔った時にエントリを書いてあげるのは、よくない」といっていましたが、酔ったときに考えた事を、4日間寝かせてみましたが、やはり、あげてみます。

4 件のコメント:

Takomushi さんのコメント...

欠落感。僕も実は最近それを強く感じていますよ。
僕も最近、しばらくつきあっていた波乗り友人が自分の生活からフェードアウトしていきました。また仕事上で、友人の奥さん(クライアント)がフリークアウトするなど残念事件があって、そういった淋しい心のまま、トラブルシューティングにも追われていました。  無力感わかります。

何がともあれ、
歯を食いしばる、や、ぐっとだまってみるという事が不得意で、心丸出し、全身勃起状態の僕の場合、知り合いとの残念事件が発生すると、心は欠落感の事を考える方向にひっぱられる傾向があると(やっと、笑)近年わかってきたので、理解しようとするポストプロセスにあんまり手を出さないようしてます。自分の場合、「寂しさ」に心をディクテートさせるのなんて容易です(苦笑)

平均台の話で、一つだけいいアイディアあります。波乗りも、スケボーも一緒ですが、「スピード」がキーと思いますよ。スピードが出れば、直進方向に安定感がでます。自分の括弧たる方向へスピードつけて進めば、落ちる事すら考えないかもな。 

Pacific303とその呑みにつきあえたら良かったなぁと、今、歯をギシギシ言わせてます。次回よろ!です!

ん~、いっぱい書いてしまった
(人のブログで、爆笑)

ろみ子 さんのコメント...

12歳の頃から、この「欠落感」 と 不安感から来る、「本来落ちない所で落ちる事」 に悩んできました。 でも、この数年はその欠落感や不安感を感じることがなくなりました。  

私もスキーやサーフィンにはスピードがある程度ないと辛いという事に最近気が付きました(笑)。 だけど、皮肉なことに、病気になる前の私はあまりのフルスピードでキャリアもスポーツも遊びもしていたので、その欠落感に気付いていながら墓穴を掘り続けていました。

病気で数年寝たきりになったことで自分の中のボトルネックと無理やり向き合うことになったのでしょうか? 他人から見たら、死んでる時間でしょうが、私の心や体には大切かつ必要だったのでしょう。

ybkz55 さんのコメント...

「無題」としたのも、多分この手のテーマはオープンエンドに続くような気もするからです。

ということで、皆さんとコメントとともに、オープンエンドにしておこうと思います。

Takomushi さんのコメント...

その通りですね。openで。 
偶然にも、自分の境遇にあてはめながら考える内容でした。でもなぜかしら、そこには、寂しさの反対側にある気持ちが芽生えました。ありがとうです。その時には既に、忘れてるかも知れませんが詳細は又会おう日にて。:)